未婚女性の卵子凍結保存、日本の現状は?
学会がガイドラインを策定、廃棄を巡るトラブルの懸念も
つい最近、米アップル社やフェイスブック社が女性従業員の卵子凍結費用を支援するという
ニュースが流れたが、未婚女性などの卵子凍結に関する日本の現状はどうなっているのか。
まだパートナーは決まっていないものの、将来の妊娠を望んでいるような健常女性
に対し、卵子の凍結保存を実施するケースは国内でも現れている。
関連学会が昨年、相次いで見解やガイドラインを公表したが、残された課題は少なくない。
昨今、“卵子の老化”がメディアで盛んに取り上げられ、年齢の経過とともに妊娠が難しくなることへの認識が広まった。
その結果、未婚女性の間で、若いうちに卵子を凍結保存することへの関心が高まっている。
40歳以上での凍結は推奨せず
癌治療などの医学的介入によって性腺機能の低下を来す可能性がある場合に、緊急避難的に行う「医学的適応」の卵子凍結は、以前から実施されてきた。凍結した卵子は、一定期間保存した後に解凍し、体外受精させてから子宮内へ移植する。
これに対して、今話題となっているのは、パートナーの不在や仕事の都合など社会的な要因で今すぐに子どもを持つことができず、加齢などによって性腺機能の低下を来す可能性がある場合に実施する「社会的適応」の卵子凍結だ。
岡山大大学院保健学研究科の中塚幹也氏は2012年6~8月、日本産科婦人科学会に登録している医療機関1157施設に対し、配偶子凍結保存に関する無記名調査を行った(有効回答415施設)。未婚の健常女性の卵子凍結は、257施設(61.9%)が「倫理的に問題ない」と回答し、9施設(2.2%)は既に実施していた。
ただ、この9施設以外にも実施施設が存在する可能性がある。設備や技術レベル、価格など、不明瞭な部分が少なくないことも事実だ。そこで最近、質の確保や利用者保護を目的に、日本産科婦人科学会と日本生殖医学会が相次いで見解を表明した。
日本産科婦人科学会は13年12月7日、健常女性が卵子凍結を利用した場合に不利益が生じないよう、実施に当たっての注意点を14年春以降にまとめる方針を示した(※ただし、同学会は健常者の卵子凍結について推奨はしていない。注意点は14年度中にまとめる方針=日経ウーマンオンライン編集部注)。
一方、日本生殖医学会は13年11月20日、実施施設が満たすべき施設基準とともに「未受精卵子および卵巣組織の凍結・保存に関するガイドライン」を策定、公表した。同学会理事長で慶應大産婦人科教授の吉村泰典氏は、「社会的適応による卵子凍結を推奨することが目的ではなく、不確かな技術や法外な価格で卵子凍結を行う施設が現れないよう、社会的に監視する必要があると考えた」と策定の狙いを語る。
ガイドラインは、「医学的適応」「社会的適応」のそれぞれについて、実施する上での手順や注意点などをまとめた(表1)。例えば、本人の生殖以外の目的では使用しないことや、卵子凍結を実施するに当たり、十分な説明を行うことなどを盛り込んでいる。
表1●社会的適応の卵子凍結保存にかかわるガイドラインの内容(日本生殖医学会「社会的適応による未受精卵子あるいは卵巣組織の凍結・保存のガイドライン」[2013]より抜粋)
(1)未受精卵子などの凍結保存の方法並びに予想される成績とリスク
(2)凍結保存した未受精卵子などの保存期間および破棄の手続き
(3)凍結した未受精卵などを用いた生殖補助医療の方法および予想される成績とリスク
(4)凍結および保存の費用、その他
加えて、社会的適応のガイドラインには、「凍結・保存の対象者は成人した女性で、未受精卵子 などの採取時の年齢は40歳以上は推奨できない。また凍結保存した未受精卵子などの使用時の年齢 は、45歳以上は推奨できない」と推奨年齢を明記した。
50歳を過ぎても諦めきれず…
ガイドラインの運用において重要なポイントとなるのが、利用希望者のインフォームド・コンセントだ。
卵子凍結を希望する女性の中には、「若いときに採取した卵子なら、体外受精させればすぐに妊娠できる」などと過大な期待感を抱いたり、「凍結保存さえしておけば、結婚、出産を先送りできる」と安易に考えているケースが少なくない。
だが、日本産科婦人科学会の報告によると、凍結融解した卵子を受精させ、子宮に移植した場合の1回当たり生産率(出産に至った割合)は、07~11年の平均で10%程度だ。「35歳までの出産適齢期に自然妊娠し、出産する方が望ましいことは明らかであり、出産を先送りしても問題ないと考えるのは間違い」と吉村氏。そうした事実のほか、体外受精や高齢出産のリスクもきちんと説明した上で、慎重に同意を取ることが求められる。
生殖工学の研究開発や卵子凍結事業を手掛けるリプロサポートメディカルリサーチセンター(東京都新宿区)は、医学的適応に加え、13年5月に社会的適応の卵子凍結も開始した。採卵時年齢を原則39歳以下とし、50歳の誕生日まで保管。卵子の採取、凍結などの費用として約80万円、その後の保管費として卵子1個当たり年1万円の料金を設定している。
同センターでは、利用を検討している女性への説明の場として少人数制のセミナーを開催。その後、利用希望者には個別にカウンセリングを実施し、最終的に利用するかどうか判断してもらっている。
セミナーでは、卵子の「老化」によって自然妊娠や体外受精の成功率が年齢とともに低下することを説明する一方で、採卵に伴うリスクや合併症の発生頻度、卵子を凍結しても高齢出産自体のリスクはなくならないことなどにも言及。卵子を凍結すれば全てが解決するわけではない点も強調している。
「卵子の老化や高齢出産の正しい情報を理解し、それでも卵子を凍結しておきたいという人に限って実施している」と同センター代表の桑山正成氏は語る。セミナー受講後、カウンセリングを受けるのは3~4割で、カウンセリングまで進んだ人の多くは凍結保存の利用を決めるという。
問われる凍結保存の技術力
凍結卵子の保管や廃棄に関するルールの設定、説明も重要なポイントだ。諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)では、11年まで社会的適応の卵子凍結を実施していたが、今は医学的適応のケースのみ受け付けている。実施をやめた理由の1つが、保管・廃棄を巡るトラブルへの懸念だった。
特に廃棄に関するトラブルとして、院長の根津八紘氏は、「保管期間が過ぎた場合に諦められない女性が多いという問題がある」と話す。根津氏は当時、50歳までという保管上限年齢を定め、本人からも事前に廃棄に関する同意を得ていた。しかし現実には、50歳を過ぎても保管の継続を望む利用者が多く、対応が難しいケースもあったという。
この問題は自分の身体や体外受精に関する理解が高くないケースも少なくないので、しっかりとしたルール設定と説明がなされなければ、より問題が起こりやすくなるのではないか」と懸念する。
また今後、ニーズの増加に対応して新規参入施設が増えれば、その技術力も問われることになりそうだ。卵子凍結で一般に用いられる「ガラス化法」の開発者でもある桑山氏は、「難易度が高く、誰でもすぐにできる技術ではない」と語る。
日本生殖医学会のガイドラインでは、生殖専門医の配置などが要件とされているが、具体的な技術に関する規定はない。そのため同氏は、「ガイドラインにも何か技術を評価できるような項目を加えるべきではないか」と指摘している。
【修正履歴】文章の一部を修正しました。2014.11.05
文/増谷 彩(日経メディカル編集)
この記事へのコメントはありません。